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Gosh COLUMN
Gosh
このページは、オーナー阪井の嫁「YUKO」からの視点で、お店や其処にかかわる人々、また、事柄などから彼女が連想する想いが綴られるコラムのページです。

現在、過去、未来へと飛び交う難解なまた時には驚く程シンプルな彼女の頭の中は、時に柔らかすぎて、ついて行くのに苦労を強いられますが、興味がお有りの方は、おつきあい下さいませ。

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2012.2.1
Text: YUKO

北国の冬NEW
大阪の義父は寒いことを「さぶい」と言う。夏でも朝晩は冷え込む美瑛に遊びに来た その昔、「さっぶぅ」やら「うぅさぶ」をよく耳にした。今朝は-23℃。こんな時 ならなんて言うかな。でもね、北海道ほど断熱していない本州の家はこちらより寒く 感じるんですよ、お義父さん。帰省したときなんてストーブやこたつから離れられな いんですから。北国仕様はそら温いんですわ。寒いったって、冷え込んだ日はお天気 良いんですよ。地表の熱が奪われる放射冷却現象ってやつです。聞いたことあります よね。空気中の水分が凍ってキラキラ光るほらダイアモンドダスト。あれだって見れ ちゃいますよ。真っ青な空に真っ白な大地と山並み、とってもきれいなんですから。 ぜひ一度冬も遊びにいらしてくださいな。え?さぶいから勘弁?それよりも夏にうち の横でたこ焼き売りに行きたい?そらあ、おーっくとぱす、ですわ。お後はビミョウ なようで。
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2011.12.27
Text: YUKO

幕開け
どおりで寒いと思った。今朝の気温は17℃。冬は10℃を超えるととたんに一筋縄では いかない気合いの入った寒さになる。先日、沖縄からのお客様に「18℃でも寒いんです よ」と伺った。北は「ー」南は「+」の、本来ならば符号の付くハナシである。当たり前 過ぎるのでつけないのか。そういえば、ニュースなどではむしろ「+4℃です」など+に +を付けている。おそるべし北国の冬。半年近くも冬だなんて長いなあ、と思ったりした けれど、近頃では春の訪れもそんなに遅くもなく感じる。年々加速していく年月の流れの せいなのか?いえいえそればかりでもないはず。駆け抜けてきた10年もいよいよ次のス テージ。諸先輩方の背中を見つつ、後輩達からの良い刺激に奮起し、ゆっくりでも前へと 進むのだと気持ちを新たに2012へ。

つづく
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2011.12.1
Text: YUKO

感謝・2011
いろいろなことがありすぎた2011も12月を迎える。オープン当初お見かけしていた お客様に思い出していただくことが多かったのか、懐かしいお顔や、はたまたお子さんを 抱っこしていたりと嬉しいご来店の多い年でもあった。山桜桃のことを尋ねられることも 多く「次は?」と期待の声の多いことも判明。残念ながら予定なし。看板犬よ永遠なれ。 過ぎてしまうと早いもので、来年3月、丸10年経つことに。これもひとえに当店の個性 ある珈琲とパンを愛し、支えてくださったお客様、歴代スタッフの皆さん、道案内などで 快く対応していただいた地域の皆様のお陰と、勝手ながら解釈しております次第。毎年、 何かしら良い方への成長があるよう、2012も務めてまいりたいと思っております。
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2011.10.31
Text: YUKO

目前
そわそわしている。ご近所さんがせっせと庭の冬支度をしているのを見て、
YUUSUKEがいてもたってもいられない様子である。早くしなきゃなあ雪囲い。
タイヤいつ替えよう。雪虫もありえないくらい飛んでたし。で、週末と火曜が
雨ってどないなっとんねん。雪が振る前に終わらせておきたいことは山積だそ
うで。手伝うよ、と言うものの、ワタシへの作業における信頼度はかなり低く、
もっぱら声援でのみの参加となっている。
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2011.10.1
Text: YUKO

未遂ノ事件
お盆で忙しい期間に電話があった。電気保安会社のものですが、この度動力の計算方法が変わりまして、お使いいただいているものが適正かどうか調べる検査をするので担当の方いらっしゃいますか?何度かやりとりをして、調査の日時まで打ち合わせたのだが、何せ忙しいWeek。店主が何故この忙しい時期でなければならないのか、翌週以降にしてくれと強い口調で話しをすると、それでは盆明けに連絡を入れますと言ったきり、結局電話はこなかった。ほくでんからのお知らせやネットで見て、あれは詐欺だったのかとようやく事態を把握した次第。まず会社を名乗る女性から電話。次に別の部署よりこういう電話が あったと思うのですが、と確認の電話。組織があって、担当がいてとマニュアル化されているのだろう。オレオレ詐欺にひっかかってしまう人の心理が少しわかったようで、なるほどとつい。ほくでんに問い合わせる気持ちもなく、平和な国に育ち、疑うことを知らずというか、自分をだまそうなんて人がいる事自体思いつかなかった。きっとあのままだったなら、調査員を名乗る人々がやってきて、テキトーな作業ののち、台数毎の請求をされそうですかとお金を払ってしまっていたのかもしれない。未遂だったものの、災害と一緒で備えが必要なのか、とあらためて思った秋であった。
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2011.9.1
Text: YUKO

なつのおもいで
夕飯の支度をしながらつけていたラジオ。流れて来たのは「青葉城恋歌」東北を元気づけようという企画らしく、各県にちなんだ歌や歌い手さんが続々登場していた。
歌はすごいなあ。するりとタイムスリップしてしまう。
ミンミンゼミの声、じりじりと照りつける太陽、庭の朝顔。夏休み、家族で見に行った七夕まつり。趣向をこらした色とりどりの吹き流しの中、何度も耳にしたこの歌。あの頃は日本中が同じ歌を聴いていたなあ。大人になったからか、震災の後だからなのか、こんなにも懐かしく、そして切なく聴こえるのは。
うたはおもいでによりそい、おもいではうたにかたりかける・・。中西さんの名口調が赤とんぼのBGMに乗って、ワタシの中で再生されていた。
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2011.8.1
Text: YUKO

近況
足ることを知る境地に至るには、よっぽどのことなんだろうと思っていたが、そうではない のかもしれない。日々の気づきがあるかないかだけなのかもしれない。これしかない、と思 うか、こんなにある、と思うのか。今は感謝の気持ちでいっぱいなので、全てがありがたく 思えるのであった。
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2011.7.1
Text: YUKO

ある日考えた
食べたい。サンドイッチが食べたい。無性に食べたい。ワタシが注文するのはやはりローストビーフ。いや待てよ、ジャンボンハムとブルーチーズのサンドも捨てがたい。連れがいれば黒板メニューかビーフシチューを頼んで半分こ、というテもありますぞ。今日の珈琲は何だろ?ドリップした珈琲もいいけど、暑いから水出しのアイス珈琲にしようか。今度豆買って家でつくってみよっと。そうだ、テラス席空いてるかな。中でBGMに浸るのもいいな。混んでなさそうなら本も読みたいけど、ま、この時期無理か。一応かばんに忍ばせてと。重めのパンあったら、夜はチーズとワインてのも有りだな。帰りにハム買って帰ろかな。美瑛で野菜買ったら美味しいサラダもできちゃうな。おっと、サンドイッチ忘れてた。けど、今日は火曜日だから定休日か。次の楽しみにとっておこうっと。
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2011.6.1
Text: YUKO

青空ランチの危機
桜の季節が訪れたのは、例年よりも遅めだった今年。取材のためテラスの準備をしていた所ふるえるほどの寒さに。そう、降り注いだのはお日様の光ではなく、雪だったあの日。取材は無理かも、と考えがよぎったのはワタシだけではなかったと思われる。しかし、うっすら積もったテラスの雪は、カメラマンさん到着頃には溶け、乾いてもくれた。春の力はさすがである。北海道じゃらん6月号「青空ランチを楽しもう」に掲載していただいた写真には、そんな背景もありました、というお話。
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2011.5.9
Text: YUKO

2011の春
珈琲豆の高騰にだけ頭を悩ますはずだったのに、そんなことに留まらずモンダイは山積していく春となってしまった。めくるめく驚きの展開、新たな局面を迎え、色々な方にお世話になり、現在に至っている状況。「初心忘るるべからず」つつ、「臨機応変」に対応しつつ、明けぬ夜はなく、降り止まぬ雨はない、と言い聞かせ、日本中も頑張っているのだから、ワタシ達もがんばらねば。
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2011.4.1
Text: YUKO

3.11
『宮城県にM7の地震』の見出しをパソコンの画面に発見。慌てて実家に電話したが通じず。情報を、とつけたテレビの画面には津波。車、人、田畑、町、生活全てを飲み込んでいく映像に呆然と立ち尽くしたあの日。想像を遥かに超える災害の威力。人が生み出した制御しきれない力に頼りすぎていた警鐘、というにはあまりにも大きすぎる代償。いろんなことがつぎつぎと露呈していく現実。こんなにも不安定な安定の上の平穏だったとは。余震は続き、放射能の不安も広がる。長くかかるであろうこれからの復興に、ひとりひとりが秘めた小さな希望を絶やさずに、この先も臨んでいかなければと切に思う。
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2011.3.3
Text: YUKO

でいすかばりい ほっかいどお
北の大地に憧れて移り住んだのに、貪欲ではなかったなあ、と反省した2月。というのも古くからのことであろう新発見をしたからである。それは旬の味について。春といえば、『ニシン』だったのですよ、こちらは。干されたモノしか知らなかった魚達が、生身で並んでいても、どうしてよいやらと手を出せずにいたワタシ。しかし、この度めでたく思い切って生のニシンを購入。フツウに塩焼きで食してみると「!」その美味しさに驚くこととなる。最初にメスにあたり、次にはオスにあたり、YUSUKE感涙。何せ彼は真だち系に目がない。「鮮度がええからやで」と何十回と言い続けながら完食したのだった。
もはや我々は旅行者にあらず。北の生活者なり。ああ、それなのに何たることか。しかし、 悲しむことはない。人生には遅いことなどないのだから。なおのこと好奇心いっぱいで生活 しようではないか。本州よりはもうちょっと先の春が待ち遠しい今日この頃、そんなことを 思った。
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2011.2.1
Text: YUKO

ありがとう
Goshで一緒にがんばってくれていたTさんが退職したのは、もう昨年末のことになる。まっすぐで、やさしくて、気持ちも背丈も大きな彼女との想い出は、数々と様々と。今は、自分のお店の開店に向け準備を進めているところ。ありがとう!ずっと応援しています(山桜桃分も含む)。
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2010.12.27
Text: YUKO

想う
こちらは雪の中なのだけれど、年が明けると「春」のイメージが湧くのはなぜだろう。2010年、多くの出会いとそして別れがあった。後者、この世のものならまだしも、あの世とのものでは、と思ったりもしたが、「順番」で「時間差」というだけのこと。そのうち我々も向かうのだから、永遠モノ、でもなさそうだ。だとしたら、この世での出会いを楽しむことにしよう。2011年、たくさんの良き出会いがありますように
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2010.12.1
Text: YUKO

ひとつのコト
ここのところ懸案であった「メニュー」をやっと替えることが出来た。飯塚氏の写真が以前よりもクリアになり、情報も素早く新しいものに差し替える事が可能になった。
ハードルは日々増えていく一方であるが、ひとつひとつ乗り越えて行くしか道はないんだなこれが。
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2010.11.1
Text: YUKO

ありがたいこと
綱渡りでここまできた感があるが、今年もまさにその通りとなった。YUSUKEの膝。3月末の青写真では、11月の連休に、と思っていたが、GWですでに危うくなり、夏までの短い間に手術。充分休養もないまま夏のシーズンへ突入。夏のスタッフも二転三転し、気づけば窓の外には雪が。年々早くなっていませんか?時間の経過!夏は異常に暑かったり、雨が降れば豪雨となり、猛暑の「為」や「お陰」で秋の実りに変化があり、紅葉も愛でぬまま冬の寒さがやってきたり。それまで当たり前だったはずのいろいろにひたひたと忍び寄る影。それを感じないこともないけれど、変化があれば、対応していくしかないわけで。とりあえず、目の前の自分の生活をしっかりせねば、とうっすらと雪の積もった風景をながめながらそんな事を思った。
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2010.10.1
Text: YUKO

道 自薦
気になるのは「起伏」や「斜度」である。かつて!自転車に乗っていた名残と思われる。沿道の樹木も気になるポイント。しかもそれが「並木」であればいうことなしである。美瑛ではなんといっても白金温泉につづく「しらかば街道」を走っていただきたく。奥にそびえ立つ十勝岳まで、まっすぐに届きそうな導入部分。途中、話題の「青い池」も観光のポイント。お見逃しなく!の白樺の並木を抜け、白金温泉に到着しますが、こうなったら望岳台まで参りましょう。広大な風景があなたを待っている!これからの季節紅葉が見頃。美瑛町では「センチュリーライド」なる自転車のイベントもあるそうで。YUSUKEが膝のリハビリに自転車を始めたので、ワタシもまた乗ってみようかな。
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2010.9.1
Text: YUKO

災害から
旭川からの帰り道、運転に支障を来す雨に遭遇した。ワイパーに頑張ってもらい、なんとかいつもの様に裏道に入ったまではよかったが、雨で土砂が流出した道路を走ることに。ビームや恐竜や隕石や地割れが背後から迫っていたとしても、決して気づくことはなかったであろう。ごろごろとした岩を避け、前方のルートを確認することにのみ必死だったのだから。それにしても雨の被害の多い夏である。ここ美瑛でも、近くの天人峡で死傷者が出る被害があったばかりだ。心よりご冥福をお祈りいたします。ワタシがかつて体験した災害は「宮城県沖地震」と「家への落雷」である。M7.8の揺れる地面が止まってくれない感覚、家の中の棚が倒れ、ガラスが割れ、ブロック塀が倒れる光景、未だに自分の中に確認できる。幸い美瑛は地震が少ない地域だが、雷の発生は多いと思う。落雷時には、この状況でよく怪我人がでなかったものだ、と九死に一生スペシャルものであった。(詳細は本人へどうぞ)YUSUKEは大阪出身にて、阪神大震災を体験している。ワタシが見たそれよりもものすごい光景だったことだろう。日頃から災害に備えを、と思っているだけで実行していないのが現状。今一度、いろんなことが起こりえるのだ、ということを覚悟しておかねば、と思った今日この頃である。
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2010.8.1
Text: YUKO

2010 夏
「夏が来ていた」という表現がぴったりくるような今年。各地では猛暑日やら豪雨やら恐ろしい天候のニュースを耳にする。こちらも負けてはおらず?暑い夏の到来に、店内テラスと涼しくはない客席に、大変申し訳なく思っております次第。海の日の三連休には、突然強くなった雨(ああ、テラスにお客様が!店内はどんよりと暗く 湿度高し)そしてなぜか断片的に停電(暗転 BGMもコーヒーミルもレジも 止まる)お待たせしていたお客様にも、たいへん心苦しいことばかりで、大変申し訳ございませんでした。
8月こそ適度な晴れと農作物にもやさしく雨を、どれもほどほどで、とおてんとうさまに、切にお願い申し上げます。
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2010.7.1
Text: YUKO

大先輩
新しい年齢になるに従って、それまでにないことが起こることに気がついた。細かな字が見えにくくなり、徹夜なんて出来なくなり、持っている服が合わなくなり・・。若い時とは違うもんだなあ、と加齢の現象にいちいち頷いてしまうお年頃に「身体」は突入してしまったようだ。しかし見つけたのだ、すばらしい先輩を。それは旭川美術館で開催していた「片岡珠子展」でのこと。片岡氏の作品はそれはそれは迫力があってすごいのだが、特筆すべきはその生涯。世の人に、力と勇気を与えてくれるような生き様なのである。103歳で亡くなるまで80年間描き続けた片岡氏は、78歳の時から新しいシリーズの制作に取り組む。しかもそれまで自分が苦手とした「裸婦」をである。「100までに22枚描ける」と。誰でも同じように取り組める体や環境ではないにせよ、年を重ねるということは、いろんなことが出来なくなることなんかでは全くない、ということ。意欲と行動する力はその時点の自分自身に委ねられるのだ!美術館を後にして歩くワタシの足取りの力強いこと。タンジュンを絵にしたらワタシになる、という確信もしつつ・・これからの何十年もの行動計画をたてようと、ワクワクしながら考えている今日この頃である。
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2010.6.1
Text: YUKO

注意事項
旭川まで車で出かける時に通る道がある。通年開通したのはここ数年。とても便利になった。しかし、気をつけなければならない。シカにアライグマ、タヌキ、キツネ、ネコ、コ、コウサギ・・・。冗談ではなく、彼らの横断にである。あれは、秋口。下り坂途中の前方、谷間を駆け下りてくるシカの群れを発見。慌ててブレーキ。かなりひやっとした場面。また、ご家族数頭で横断中に遭遇。最後尾の一頭が、慌てて逃げようとするのだが、アスファルトは滑るのだろうか?うまいこと道路脇によけるまで待っていたり。あるいは、ウサギが横によけてくれず、追いかける形で走るはめになったことなども。

人の方が、彼らの生息地に道を造ってしまったのである。先住動物たちに敬意を表し、この辺りにはお住まいのはず、通らしてく~ださ~いと声をかけるつもりぐらい気をつけて運転せねば、と思う。
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2010.5.1
Text: YUKO

2010 春?
北海道の常識からみても、4月の雪は例外ではない。にても、今年は量が多すぎた。GWも近いというのに雪景色とは、と嘆いたのも数日。そこはやはり「春」である。地面にしがみついていた雪もみるみる魔法のように消えて行く。大地に色が蘇る。空高くひばりがさえずり、ふんわりとした風が吹き、チューリップは準備して、ふきのとうはつぎつぎと顔を出す。ここへきて、一気に盛り返してきた。ということは、焼き肉の季節到来?いやいや、テラスの準備を進めねば。雪融け後のエントランス。除雪機のビスに落とし物、出てくる出てくる。曲がった柵を直し、削れた砂利を戻し、長い冬にすっかり鈍った身体もついでにほぐして、目前のシーズンに備えることにしよう。
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2010.4.1
Text: YUKO

別れのとき
3月20日、Goshの8周年を待たずに、山桜桃(ゆすら)が旅立ちました。13年の生涯でした。かわいがってくださった皆様には、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
必ず声をかけたり、なでてくださったり、写真を撮ってくださったり、おやつをわざわざ持参してくださったり、ほんとうによくしていただきました。ありがとうございました。やんちゃな若い頃でも、むやみに噛み付くこともなく、いらんことされても忍耐強くやりすごし、親バカを申せば、オープン当初から看板を背負い、立派に勤め上げてくれた、えらいやつでした。小さい時から外で元気にしておりましたが、近年冬には家の中で家族と一緒の時間を過ごしました。いろいろ思うところはあるのでしょうが、幸せに暮らしたのでは、と勝手に解釈しております。

そして、Goshは8周年を迎えることができました。これも皆様のおかげと感謝いたしております。つくづくいろんな変化がある年ですが、初心を忘れず、美味しいことはもちろん、利用しやすさや、買いやすさ、様々な面での快適さ、も求めていけるよう努力してまいる所存です。これからもどうぞGoshをよろしくお願いいたします。
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2010.3.1
Text: YUKO

冬の夕暮れに
雪の白が次第に青く、より蒼くなっていく頃、いつも同じはずのランプシェードのオレンジの光が力強く輝き始める。ひとりで珈琲を楽しんでおられたその方は、気がつくとこちらへ向かっていた。「今かかっている曲、誰が歌っているの?とても落ち着ける歌声だから」質問であった。「ボブ ディランです」「ディランね」復誦し、メモを取ると、安心した様子で席に戻られた。夜の入り口まであとわずか。静かすぎて、まるで天の川のような帯状の「時」の流れが見えるようだ。閉店近くになり「いい時間でした」そう私たちに告げたその方は、新しい目的地へと出発していかれた。「こちらこそです」そう言えたのはすぐにではなかった。嬉しさや喜びがうわっとあふれてきたのに「ありがとうございました」としか言えなかった。私の中には確かに広がっていたのだ。かつて函館に旅をしたときの気持ちが。それはそれはとても印象に残ったあの時の。
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2010.2.1
Text: YUKO

夕陽の似合う町に
2月8日住所が変わります。移転ではありません。慣れ親しんだ「美馬牛市街地」から「北3丁目4-21」に。枝番がないお陰で、通販すると「続きの御住所をご記入ください」とか「運送業者さんは毎日何百件という荷物を運んでいるのです」とお叱りを受けたり、いろんなことがありました。仕方のないことです。フツーの市町村では考えにくいことですし。「美馬牛市街地」は広い範囲でした。何十世帯も1つの住所で、郵便物もそれで届けてくださっていたなんて、すごいことでした。姓が変わるのと一緒、と言ったら怒られそうですが、この先もう変更は無いであろう点では一緒、といえば、ぎりぎりセーフかも。そんな感覚です。ありがとう、そしてさよなら。これからは「3丁目のGosh」になります。
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2010.1.1
Text: YUKO

お約束
宿題はあるとわかっていたが、あまり手をつけずに迎えてしまった始業式前日。泣く泣くドリルや工作をし、新聞を引っ張り出して天気を調べた。あの時ほど、切羽詰まったことではないが、年頭に思い描いた一年とは程遠い達成率であったりあるいは、手すらつけずにいた何年越しかの事柄もあったり。あの夏をひきずっている体質、いかんなあ、と毎年思うわけで。自分の中でのハナシなので、ただ、心に決めた事柄が、のびのびになっているだけのこと。じゃあやれば、で済むハナシである。そんな訳で、2010年はとにかく全部やる!ことにしよう。思ってたこと、減らそうかな。
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2009.12.1
Text: YUKO

思い出
クリスマスツリーに飾り付けをした。夕方から始めたが、幸か不幸かお客様のご来店もなく、黙々と作業が進む。ふと、子供の頃を思い出した。我が家のそれは、木の調達から始まる。じいちゃんと兄と山へ手ごろな木を物色に行き、いただいてくるのだ。今思えばあれは・・。自転車の荷台にくくりつけた木を、笹などでくるんでいたのは、カモフラージュだったというのか?じいちゃんに聞いてみたいものだ。もみの木は大きな鉢に移植し、クリスマス音楽のレコードをかけながら、飾り付けをした。木の枝に積もる雪のように綿をのせるのが、ワタシは好きだった。クリスマスが過ぎると、冬休み。そしてお正月の準備が始まる。一家総出の大掃除に、おせちづくり。ワタシが小さかった頃はそんな年末だったというのに、今はおよそらしからぬ過ごし方をしている。しかし一年の終わりや始まりの時に、お店やHPでお客さまにお会いできるということは、かえがたいヨロコビである。というわけで、今年も12月26日から明けて1月4日まで営業いたします。皆々様のご来店、Gosh一同お待ちいたしております。
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2009.11.1
Text: YUKO

ごちそうさまでした
先日、新米をいただいた。新しいうちに美味しく食べようとあれこれ計画。年に一度だ、と奮発して生筋子を購入。これは醤油漬けに。さらに、鮭の半身も購入し、甘塩に漬ける。炊いた新米に、いくらの醤油漬けを反則なほど載せ、焼鮭も載せると「親子丼」の完成。感激覚めやらぬうち、栗もおすそわけにあずかる。これは、あれしかないでしょう、とがんばって栗むき。恐ろしいほどの大きさ、なんというホクホクさと甘味。さらに、外のほだ木からなめこをとってきてお味噌汁に。「美味しい」をたくさんいただいた秋である。
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2009.10.1
Text: YUKO

ふたたび
9月の連休、予期せぬ出会いがあった。ご家族連れのお父さんと少しお話しをすると、なんとオープン2年目、ちょうどYUUSUKEがテラス造作中ご来店いただいたご夫妻!当時は二人だけなので、ワタシが店番、YUUSUKEが外作業。お客様ご来店する度呼びに行く、というのんきな時代。しかし、売り上げもなく、喧嘩ばかりしていた(それは 変わらないか)あの頃。当時のチラシもご持参くださっていて、懐かしさでいっぱいだった。当時、奥様のおなかにいた赤ちゃんは、すっかり「兄」になっていて、ご家族も4人になってのご来店。お互いに「びっくりですね〜」と笑い合った9月。

再会もあれば、別れもあり。今年の夏、一緒にがんばってくれたスタッフさん、ありがとうございました。自分の夢に向かって、しっかり?歩んでいってくださいね。その暁には、ワタシ達もお客さんになって伺いますから。
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2009.9.1
Text: YUKO

美馬牛よいとこ
7月30日のハナシで申し訳ありません。NHKの番組「たびうた」ご覧いただいたで しょうか?Goshのほど近く、美馬牛中学校の生徒さんたちが、緊張した面持ちで、 一生懸命歌っている姿が放映されました。収録当日はあいにく?定休の火曜でして。 秋川さんと夏川さんに万が一ご来店いただけたかもしれないチャンスをふいにして しまった次第。美瑛の中でも、ここ美馬牛にスポットをあてていただいた嬉しい番 組でした。お客様からも「見たよ〜」「映ってたでしょ、この辺り」と声をかけて いただいて、更に嬉しくなりました。

こちらはお盆を過ぎると、一気に涼しくなります。もうすでに、ススキとコスモスが沿道で風に揺れていたりします。ほんとに今年は、雨雨雨の短〜い夏でした。

9月は爽やかな秋晴れの日を期待してます。
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2009.8.1
Text: YUKO

夏なのに
雨ばかり降った7月。海の日さえも、そう言う意味なの?と言うくらいの雨量。自然のことゆえなすすべもなく。テラス席、今年は何回使ったろうか。庭のあちこちに生え出したキノコ!!ワラジ虫も子供達がいっぱい。雨が降ると、いつもと違う事が起こって、これも自然のなせるワザ。次は超常現象で、店内の客席が倍にならないかな。と他力本願はやめにして、地道にしごとに励みます。

8月は、お天気がほどよくありますように。
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2009.7.1
Text: YUKO

2009 夏
6月後半はお天気もそこそこで満席の日もあり。レギュラー陣ピ〜ンチ!月が代わりそこへ現れたのは、夏のスタッフさん。待ちこがれておりました。メンバーもそろったところで、Goshの夏、スタートです。どうぞぞよろしくお願い致します。

今年の美瑛の観光マップを見ると、「ここにお店が!」「ここに宿が!」楽しい発見が いっぱい。ワタシもお休みには観光しようかな。Goshのある「美馬牛」にもみどころ 満載。でも、お願い致します。塔のある美馬牛小学校は、児童が通っている学校です ので、くれぐれも中に入って撮影などなさいませぬよう。
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2009.6.1
Text: YUKO

祝? 就任
コラムのページは、当初YUUSUKEが担当、のハズだった。しかし、いつしかワタシが「乗っ取るように」書いていってしまい、ついに、任命を受けたのであった。引き続き、つたない文章ですがお楽しみ頂けたら嬉しいです。

YUUSUKEの文にはブログで会えるかと。頻度のほうは保証なしですが。
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2009.5.1
Text: YUKO

「その考えは誰のものか?」
それはワタシが高校生のとき。ゲンコクの課題で書いた文を提出した際、ちらりと読んだ先生が「これはおまえの考えか?」と。

直前に読んだ本に書いてあったことを、これはいい、とほぼ写したような内容であることを察したのだろう。

当時のワタシは悪気はなかったものの、思い当たるフシもあり、素直に「違います」と言った。先生はそれ以上言及することなく「書き直しなさい」と一言。

反省した。

ものすごく恥ずかしかった。

自分の意見なのか、誰かの受け売りではないのか、それを他の人に胸を張って伝えられるのか

世間が、ニュースが、新聞がそういってるからそうだろう、と簡単に思わない人になりたいとワタシは思う。
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2009.4.1
Text: YUKO

3月に思う 
諺には常々感心させられる。日本だけに限らず、世界中にあることもすごい。文化の違いで多少解釈の違いはあるだろうけれども、人間の営みというか生活の中で感じる事は、似通ったものがあるのだろう。

ワタシにも自作の作品がある。「守れば弱まる」これはワタシが小学生のときに体験したことに由来する。

あれは夏休み。楽しみにしていた家族旅行初日。冷房のきいた部屋で快適な眠りについたワタシは、翌朝、ひどくお腹をこわし、3泊4日中のその後2泊3日間食べる楽しみを奪われてしまう悲劇に見舞われたのであった。

原因は「腹巻き」である。

冷えるから、と就寝の際に着用していたのを、旅行のお供にしなかったのだ。悟りを開いたかのように、そのとき確信した。守ったり、囲ったりしていたから弱くなってしまったのだと。

それ以来、お腹を出して寝ている。

しかしながら、いろんな事柄にも通ずるように思えるので、「諺」にいれてもらえないかなあ。

そして3月29日。おかげさまで7周年を迎えることが出来ました。ありがとうございます。どうぞこれからもGoshの珈琲とパンをよろしくお願い致します。
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2009.3.1
Text: YUKO

婚と葬と想
それぞれ出席する機会があった。YUSUKEは結婚式へ、ワタシはお葬式へ。遠く離れた実家に一時帰国。まるで同窓会のように、何十年ぶりかで親類縁者の方々と会うことができた。兄と祖母に深く感謝。

実家を出たからには「帰る場所」はもうないのだ、とムキになっていた若い頃。それはそれで必要な気持ちだったのだろう。けれど、年を重ねていくと見えてくるものもあるんだなあ、とそれぞれの故郷で家族のつながりを強く感じて、北の家族のもとへと戻ってきたのだった。
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2009.2.1
Text: YUKO

追憶
その場所を通った時、あれ?と思った。何かが違うと。その「はてな」は当たっていて、あるべき場所からあるものがなくなってしまった喪失感からだと気づいた。美瑛で初めて2人で住んだ家。ねずみとか凍り付いた水道管とかいろんなものとの闘いだった家。

あたり前だと思っていたそれまでの常識が次々と塗り替えられる。ゼロというよりマイナスの出発。住み始めた時も、後にした時も。

深まった秋のひんやりとした空気。果てしなく長い取り付け道路の除雪。何度も思い出す事だろう。これからも。
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2009.1.1
Text: YUKO

謹賀新年
一人旅をしていた。青春18きっぷで遠くまで。時刻表をめくって、計画すら楽しんでいた学生時代。社会人になり休みは少なくなる。だんだんと行き先が定まってくる。「より広く」から「より深く」というか濃く、同じ場所に出かけることに。同じといっても、今度は季節を変えて足を運ぶ。春は? 冬は? そのうち、四季が見たくなる。住んでしまえばいいのか!と住み込みで住人になってしまった。20年近く前の話しである。

美しい景色が目に入らない時期もあった。反対に、広がる風景に救われたこともある。そしてまた美瑛で新年を迎える。

2009年がみなさまにとっても良い年になりますよう、お隣の水天宮にお願いしておきます。